トライアスリートelemamaになれるか~

始めて挑戦した、トライアスロン完走で、いつかか本当のトライアスリートになれると、走り、泳ぎ、バイクに乗る美容師の日々・・ http:/elmama.web.fc2.com/

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長い間会ってなくてもつながる

昨日、サロマ100キロで出会った方からの突然の電話がありました。

ちょうど、わたしが、入院した頃に突然奥様が亡くなれたと連絡がありました。
なんとも胸が締めつけられる思いで手紙を書いたのを思い出します。

見知らぬ電話番号でしたが、お客様かと思いでてみるとSさんからでした。
「実はお願いがあります」と

大阪マラソンに当たったのですが、宿が決まらずとのことでした。
大阪といえども、みなさん早くにホテルを予約してるようで、マラソン前日はどこもいっぱいでした。
遠方からですので新大阪に近いホテルを検索して、1室だけ空いてましたが、2名からの予約でした。それでも何とか予約できたと連絡がありました。
少しでも安いところを探してあげたかったのですが、まあ土曜日とありなかなか安いところがなく(´・_・`)
しかしながらご本人は、ホットされてたようにおもわれました(*^^*)
今回は、わたしも、パパも抽選からはずれたので応援に行きたいと思います。



それから、
blogを読んでメールをくださった東京の友人!長い間会ってなくても通じ合える言葉をいただき感謝の気持ちでいっぱいでした。


わたしの好きな詩を贈りたいです



長田 弘 
『詩ふたつ』
花を持って、会いにゆく
人生は森のなかの一日
グスタフ・クリムト:画


花を持って、会いにゆく

春の日、あなたに会いにゆく。
あなたは、なくなった人である。
どこにもいない人である。

どこにもいない人に会いにゆく。
きれいな水と、
きれいな花を、手に持って。

どこにもいない?
違うと、なくなった人は言う。
どこにもいないのではない。

どこにもゆかないのだ。
いつも、ここにいる。
歩くことは、しなくなった。

歩くことをやめて、
はじめて知ったことがある。
歩くことは、ここではないどこかへ、

遠いどこかへ、遠くへ、遠くへ、
どんどんゆくことだと、そう思っていた。
そうでないということに気づいたのは、

死んでからだった。もう、
どこにもゆかないし、
どんな遠くへもゆくことはない。

そうと知ったときに、
じぶんの、いま、いる、
ここが、じぶんのゆきついた、

いちばん遠い場所であることに気づいた。
この世から一番遠い場所が、
ほんとうは、この世に

いちばん近い場所だということに。
生きるとは、年をとるということだ。
死んだら、年をとらないのだ。

十歳で死んだ
人生の最初の友人は、
いまでも十歳のままだ。

病に苦しんで
なくなった母は、
死んで、また元気になった。

死ではなく、その人が
じぶんのなかにのこしていった
たしかな記憶を、わたしは信じる。

ことばって、何だと思う?
けっしてことばにできない思いが、
ここにあると指すのが、ことばだ。

話すこともなかった人とだって、
語らうことができると知ったのも、
死んでからだった。

春の木々の
枝々が競いあって、
霞む空をつかもうとしている。

春の日、あなたに会いにゆく。
きれいな水と、
きれいな花を、手に持って。


人生は森の中の一日

何もないところに、
木を一本、わたしは植えた
それが世界のはじまりだった。

次の日、きみがやってきて、
そばに、もう一本の木を植えた。
木が二本。木は林になった。

三日目、わたしたちは、
さらに、もう一本の木を植えた。
木が三本。林は森になった。

森の木がおおきくなると、
おおきくなったのは、
沈黙だった。

沈黙は、
森を充たす
空気のことばだ。

森のなかでは、
すべてがことばだ。
ことばでないものはなかった。

冷気も、湿気も、
きのこも、泥も、落葉も、
蟻も、ぜんぶ、森のことばだ。

ゴジュウカラも、アトリも。
ツッツツー、トゥイー、
チュッチュビ、チリチリチー、

羽の音、鳥の影も。
森の木は石ゴケをあつめ、
降りしきる雨をあつめ、

夜の濃い闇をあつめて、
森全体を、蜜のような
きれいな沈黙でいっぱいにする。

東の空がわずかに明けると、
大気が静かに透きとおってくる。
朝の光が遠くまでひろがってゆく。

木々の影がしっかりとしてくる。
草のかげの虫。花々のにおい。
蜂のブンブン。石の上のトカゲ。

森には、何一つ、
余分なものがない。
何一つ、むだなものがない。

人生も、おなじだ。
何一つ、余分なものがない。
むだなものがない。

やがて、とある日、
黙って森をでてゆくもののように、
わたしたちは逝くだろう。

わたしたちが死んで、
私たちの森の木が
天を突くほど、大きくなったら、

大きくなった木の下で会おう。
わたしは新鮮な苺をもってゆく。
きみは悲しみをもたずにきてくれ。

そのとき、ふりかえって
人生は森の中の一日のようだったと
言えたら、わたしはうれしい。




この詩の


ことばって、何だと思う?
けっしてことばにできない思いが、
ここにあると指すのが、ことばだ。


この文章が好きです。
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